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福岡地方裁判所小倉支部 昭和34年(ワ)110号 判決

原告 平田宗成

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対して金五十一万一千四百八十円及びこれに対する昭和三十三年十二月二十五日以降右完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、木材の製造販売業を営む原告は、昭和三十三年十一月二十九日訴外古川建設株式会社(以下、古川建設という。)から同社が防衛庁から請負つた防衛庁築城基地低圧実験室建設工事に必要な木材の注文を受けたので、古川建設が右請負工事を継続し、これに使用することを条件とし、もし、右請負工事を続行し得なくなつた場合は、売買契約は当然解除となるとの約定のもとに、同日古川建設との間に木材二百九十石の売買契約を締結し、その代金百二十万円は、同年十二月二十五日内金三十万円を支払い、残金は古川建設において満期昭和三十四年二月末日なる約束手形を昭和三十三年十二月十日までに原告宛振出して支払うこととした。右契約に基き、原告は昭和三十三年十二月四日以降同月十三日に至る間古川建設に構造材一一五、五石、造作材六、一石、板材一三石、合計一三四、六石その代金五十一万一千四百八十円(石当り単価三千八百円)相当の木材を右築城基地内の工事現場において引渡した。

二、しかるところ、古川建設は、経営不振により事実上破産状態に陥つたため、前記の請負工事を継続することができなくなり、昭和三十三年十二月十日防衛庁福岡建設部に対し工事続行不能の届書を提出して、右工事を打切つたので、原告と古川建設との間の前記売買契約は前記約旨により効力を失い、同日前記木材の所有権は原告に復帰するに至つた。

三、そこで、原告は、古川建設に対して右木材の返還を請求していたが、古川建設においてこれを他に転売などすることを防止するため同月二十三日古川建設を被申請人として、福岡地方裁判所行橋支部に当時築城基地内に放置されていた木材の処分禁止の仮処分を申請し、同日その旨の決定を得たのであるが、同月二十四日福岡地方裁判所執行吏岩佐始が右基地に赴き右木材を執行吏において占有せんとしたところ、右基地勤務の一等空尉赤川邦弘は「右物件は防衛庁福岡建設部長と古川建設との間に締結した(昭和三十三年十一月五日)工事請負契約書第二十九条第五号により防衛庁の所属に帰しており、古川建設に所有権なく、また該物件は当係において管理中のものなるにより、本執行に応じ難い」と申述べ、執行を拒んだため、右執行は不能に終つた。

四、赤川一等空尉は防衛庁に所有権ありとして右執行を拒んだのであるが、当時右木材の所有権は原告に帰属していたこと前記のとおりであり、いまだ防衛庁に帰属してはいなかつた。このことは、前記工事請負契約第二十九条に、請負人は、工事完成前に、既済部分(現場にある検査済工事材料を含む。)に対する請負代金相当額の十分の九以内の部分払を請求することができ、この部分払をなした場合は、その部分払の対象となつた既済部分又は既済部分の所有権は防衛庁が部分払を完了したときをもつて、防衛庁に移転するとあるところ、防衛庁が本件木材を対象として部分払をなしたのは同月二十五日に至つてである事実から明らかであり、また防衛庁が占有しているわけでもなかつたことは、右請負契約右条項に請負工事が完成し全部の引渡が完了するまでは、既済部分または完済部分の維持管理は請負人たる古川建設においてなすこととなつていて、当時は未だ全部の引渡が完了していなかつたことから明らかである。

五、叙上の如くであるから、赤川一等空尉が右のように申述べて阪処分執行を拒んだのは、国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うにつき故意または過失を以つてなした違法行為であるところ、右執行拒否の結果、原告が再度の仮処分を申請せんとする間に、右木材の所有権は、その後の工事を引継いだ訴外昧式会社守谷組(以下、守谷組という。)の手を経て、国に帰属してしまつて、原告は右木材の所有権を失ない、損害を蒙つた。

よつて、原告は被告に対して右損害の賠償を求めるのであるが、その損害額は当時の右木材の価額たる前記金五十一万一千四百八十円と解すべきであるので、右金員及びこれに対する右違法行為の翌日たる昭和三十三年十二月二十五日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項については、原告が古川建設にその主張の木材を引渡したことは認めるが、原告と古川建設との間の売買契約の内容右木材の代金額などその余の点はすべて知らない。

二、同第二項のうら、古川建設が防衛庁から請負つた防衛庁築城基地内建設工事について工事継続不能となり、昭和三十三年十二月十日防衛庁福岡建設部に対して工事続行不能の届書を提出したことは認めるが、木材の所有権が原告に復帰したとの点は争う。

三、同第三項については、原告の仮処分申請に関する事実は知らない。原告主張の日時執行吏岩佐始が仮処分執行のために築城基地に赴いたことは認めるが、一等空尉赤川邦弘が原告主張のように申述べた事実は否認する。即ち、右執行吏が現場監督官事務所において各監督官に来所の趣旨を説明したので、右赤川邦弘は、福岡建設部総務部総務課長前田信雄に電話で指示を求めたところ、右前田信雄は電話で直接右執行吏に対して、右木材は、昭和三十三年十二月十九日古川建設が守谷組に譲渡して、その引渡も了していること、及び古川建設は右木材を築城基地内建設工事に使弔するため防衛庁の支払つた前払金で購入したのであり、監督官の品質検査及び既成部分の検査を終え、いずれ栃衛庁の所有に帰する事情にあることを説明したところ、同執行吏は右木材の所有権の帰属は執行吏において判断するとして、関係書類の呈示を求めたので、古川建設と防衛庁との前記工事請負契約に関する契約書を呈示したところ、同執行吏は、これを検討した上、執行をなさずして退去したものである。

四、同第四項について。当時右木材の所有権が原告に属していたことは否認する。右木材の所有権は既に守谷組に属していたもので、その経緯は以下のとおりである。

防衛庁が昭和三十三年十一月五日古川建設との間に締結した築城基地施設整備工事のうち建築B工事についての工事請負契約については、守谷組が、古川建設が請負者としての義務を履行しないときは、代つて自ら工事を完成することを保証していたところ、占川建設は経営の不手際から破産寸前の状態に追い込まれ、右工事についても同年十二且十日付で防衛庁福岡建設部に対し工事続行不能の届書を提出したので、福岡建設部は守谷組に保証人として代つて工事を施行することを求めるとともに、同年十二月十七日古川建設本社において福岡建設部建築課長森田正、一等陸尉伊藤初喜、古川建設社長古川軍一、同福岡支店長太田層利、ほか同社員一名、守谷組営業部長小森安夫及び西日本建設業保証会社宮崎営業所長白石数衛が協議した結果、「守谷組はその保証している前記工事のほか小月基地における工事を代つて施行する、古川建設は工事現場に搬入してある資材をすべて守谷組に譲渡する、古川建設は防衛庁より前払金の支払を受けているので、前記工事の残量からみて工事請負代金の残額(請負代金から前払金を控除した額)が金百六十万円不足するので、この決済のため古川建設は約百六十万円相当の手持器材を守谷組に譲渡する」旨を約し、同月十九日築城基地内の工事現場において既成部分の検査を了し、原告が古川建設に納入した木材も守谷組に引渡を了したのである。

なお、その後同月二十五日防衛庁は守谷組に対し既成部分について部分払をなした結果、古川建設と防衛庁福岡建設部長との間の工事請負契約の原告主張の条項により右木材は防衛庁の所有に帰した。

五、同第五項の主張は争う。原告主張の木材は昭和三十三年十二月十七日古川建設から守谷組に譲渡され、同月十九日その引渡も了していたのであるから、同月二十四日行われた原告主張の仮処分執行において、執行吏がいかなる理由により執行不能と判定したかはともかくとして、原告主張の仮処分はいずれにせよ客観的に執行不能の状態にあつたのであるから、被告に賠償の義務はない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告が昭和三十三年十二月四日以降同月十三日に至る間古川建設に構造材一一五、五石、造作材六、一石、板材一三石、合計一三四、六石の木材を納入し、これを防衛庁築城基地内の古川建設建築請負工事現場において引渡したこと、古川建設は経営不振で事実上破産状態に陥つて防衛庁から請負つた右請負工事は継続不能となり、同月十日防衛庁福岡建設部に対して工事続行不能の届書を提出したこと、及び、同月二十四日原告の委任した福岡地方裁判所執行吏岩佐始が右基地内に赴き、右木材を執行吏において占有すべく仮処分執行に着手したが、右執行は不能に終つたこと、右の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、ところで、原告の本訴請求は、右仮処分執行の当時、右木材の所有権は古川建設から原告に復帰していたが、右執行不能の後、古川建設から守谷組の手を経て、防衛庁に所有権の譲渡がなされたため、原告はその所有権を失つたと主張し、右執行不能は公務員の違法行為に起因するもので、右所有権喪失は右違法行為によつて蒙つた原告の損害であるとして、これが賠償を求めるものであつて、結局右木材の所有権が右仮処分執行着手当時、原告に属していたことを前提とするところ、この点について検討するに、証人守谷末人、同前田信雄及び同森田正の各証言に右証人守谷末人の証言によつてその成立の真正を認めることのできる乙第一、第二号証、成立に争いのない乙第三号証を綜合すると、昭和三十三年十一月五日古川建設が防衛庁福岡建設部長との間に築城基地施設整備工事の内建築B工事の請負契約を締結すろに際し、古川建設の保証人となつて、古川建設が工事を完成しない場合はこれに代つて工事を完成することを保証する旨を契約した守谷組は、古川建設が右請負工事続行不能となつたため、防衛庁福岡建設部から保証人としての約旨に基き右工事を続行するよう要求され、同年十二月十七日延岡市所在の古川建設代表者宅において福岡建設部建築課長森田正、一等陸尉伊藤初喜、守谷道代表者を代理する営業部長小森安夫、古川建設代表者らが話合つた結果、守谷組は、右請負工事の残工事及び同じく古川建設が防衛庁から請負つている小月基地内の建築請負工事の残工事を古川建設に代つて施行する、古川建設は守谷組に対して現在工事現場に搬入してある資材、機械器具、仮設材一切、及び本社所在の若干の機械器具の所有権を譲渡し、かつ、今後防衛庁から払渡さるべき金員一切の受領権を譲ることを約し、また、守谷組は、防衛庁に対しては工事遂行に責任をもつことを了承し、その代表者守谷末人の名において同月十八日付を以つて防衛庁福岡建設部長宛に右請負工事の完成請求を承諾する旨の承諾書(乙第一号証)を差入れるとともに、古川建設代表者古川軍一からは築城基地及び小月基地内の工事現場にある機械器具仮設その他一式及びその他各種建築器材類若干を譲渡する旨の同月十日付の譲渡証書(乙第二号証)を受領し、同月十九日守谷組代表者守谷末人は、小月基地内の資材等の引渡を受けた後、築城基地内の工事現場に至り、前記森田正及び伊藤初喜立会のもとに、古川建設資材部長、営業部次長兼福岡支店次長徳永嵐から、原告納入の前記木材をも含む建設資材、機械器具、仮設材など一切の引渡を受けた事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

右の如くであるとすれば、仮に、原告と古川建設との間の右木材の売買契約に、古川建設が前記請負工事の続行不能となつた場合は売買契約は当然解除となる旨の契約があつたこと原告主張のとおりであり、昭和三十三年十二月十日に古川建設が防衛庁福岡建設部に対し工事続行不能の届書を提出して、右工事を打切つたことにより、右売買契約がその効力を失い、右木材の所有権が原告に復帰したとしても、右認定の如く古川建設からこれが所有権譲渡を受け、かつ、その引渡を受けて善意にしてかつ過失なく平穏公然にこれが占有を開始した守谷組は、たとえ、古川建設が既に右木材の所有権を失つていても、その所有権を即時取得するから、その引渡を受けた前記認定の同月十九日には守谷組においてその所有権を取得した理である。従つて、前記仮処分執行着手の当時たる同月二十四には既に右木材は原告の所有に属さなかつたものといわねばならない。

三、原告の本訴請求は、その主張の木材所有権に関する前提を欠くこと右のとおりであるので、その余の事実について判断するまでもなく失当である。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安東勝 秋吉稔弘 三好達)

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